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知床エクスペディション

知床半島周回シーカヤックツアー「知床エクスペディション」を主催するガイド・新谷暁生のブログ。

最近の知床

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最近の知床

みんなが心配してくれた9月の知床も終わった。台風が九州からここまで来るまでには1日半かかるだろうと読んで嵐の前のウトロを出た。風が南東でイワオベツの出しが強ければ引き返そう。イワオベツを越えればイダシュベには行ける。ここなら台風をやり過ごせる。
イダシュベは海岸の台地に海洋先住民族の竪穴住居跡があり、いつの時代のものか、浜には石積みの壁で守られた洞窟がある。崖崩れの心配もない。私たちは縄文人やアイヌのようにそこで嵐に耐えることにした。翌日の明け方、カムイワッカの風が強まり、私は小さな竜巻が走る夢を見た。正夢だった。風は昼前には強まり水煙の竜巻が次第に大きくなっていった。嵐が来た。
雨量は一時間100ミリを超え、風は南西50m/s以上だ。歩けない。岩に囲まれた藪の中に張ったテントはポールを抜いた。ポールがなければつぶれない。しかしタープは風に耐えていた。これはモンベル製で昔より布がうすく裂けやすいが、なんとか持った。一本ポールは風に強い。しかしこれはこのタープの正しい使い方ではない。
川は瞬く間に増水した。海は水煙と竜巻で見るも恐ろしくそして美しい。私たちは台風の眼の縁にいた。虹が出た。海に吹き出すイロイロ川の茶色の濁流と嵐の音が混じり合い、ジェット旅客機の離陸時の轟音のようだ。生きた心地がしない。しかしきれいな沢水をくみ、流木を集めておいたので飯は作れる。米を炊きマーボー豆腐を作った。食べることができれば不安は減る。雨風の中、焚火で米を炊くには工夫が要る。風と雨が熱を奪う。
台風が過ぎて天候は回復した。しかし磯波が大きいのでもう一日待つことにした。被害はなかったが寝袋までずぶ濡れだ。ほぼ全員に漁師合羽とウール製品を着せたので低体温症は防げた。化繊肌着とゴアの雨具では耐えられなかっただろう。
風が弱まり波は急激に落ちた。幸運にも日本海にできた低気圧と台風の低気圧との間の高圧帯の中にいる。このふたつが合わされば再び風が強まる。次は北西から北東の風に変わる。北東の時化は長く続く。厄介だ。私たちは3日目の早朝、まだ波が残る海を岬に向けて出艇した。海は川からの濁流と岸の海藻が混ざり合い、茶色のゴミの波がうねっていた。
海の景色は一転した。あちこちに土砂崩れが出て大木を海岸に押し出している。最近まで使われていたレタラワタラのカスミの番屋の屋根は飛ばされていた。蕗とイタドリで覆われた海岸近くの急斜面は強烈な潮風で茶色く変色していた。葉は飛ばされて残っていない。
観音岩の先の海賊湾と呼ばれる深い入り江でヒグマがマスを探していた。どちらも驚いた。舟を進めると不満気にゆっくりと泳ぎ、入り江の奥に姿を消した。顔に茶色の愛嬌のある縞がある大きな個体だった。私たちはその日、ポロモイ手前の落合湾で泊まった。背後の崖の上をそのクマが通って行った。
ヒグマは臆病な動物だ。こちらが対処を誤らなければ襲っては来ない。しかし猛獣であることを忘れてはならない。その点で、最近知床で多く見かけるカメラマンの行動は危険だ。私にはその人たちがたとえプロであっても無知なアマチュアカメラマンと変わらないように思える。
風が西に変わって強まるギリギリのタイミングで岬をかわし羅臼の海に入った。潮も風も味方してくれた。それで一気にペキンノ鼻を越えて泊まった。少し安心した。羅臼側は根室の電波が弱いのでNHKの気象通報が入らず天気図が取れない。描いても天気が良くなるわけではないが、気圧配置を知ることは重要だ。ここではスマホも携帯も使えない。だから天気図は自分で引く。それが出来なければ観天望気と気圧計で天気の推移を想像する。それはアリューシャンやパタゴニアの海を漕ぐ時と同じ方法だ。
カヤックを漕ぐ上で一番の問題が風だ。強風の中で沖を漕いではならない。人は風に勝てない。海は風を読みながら、漕げる時に漕がねばならない。まだ一日余裕があったが私たちはペキンノ鼻から一気にアイドマリを目指した。南東の風が強くなった。私たちは相泊まりに上陸し、回してあった車とトレーラーに艇と荷物を積み込み、知床峠を越えてウトロに戻った。今回の台風被害はウトロ側が大きかった。嵐はたくさんの木を倒した。道路の通行止め箇所は50か所以上にのぼったという。
私たちの安否を気遣ってくれた斜里警察署、観光船オーロラ号、マイクで呼びかけてくれた定置網漁の協和漁業部、栄宝丸とウトロの赤澤歩さんに心より厚くお礼を申し上げる。

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プロフィール

名前
新谷暁生
性別
男性